(火)

池田清彦さんの名前をはじめて見たのは,
たぶん
海鳴社・モナドブックスの一冊だったと思う.
いまはない書店に並んでいたんだと思う.やや薄い,小さな叢書の一冊で,
ちゃんと読んで理解したのか,あまり覚えていない.
1980年代の終わりころ.


そのご,圏央道の建設計画に対する反対運動に関連して,
池田さんの名前を見つけた.
高尾山を貫くトンネルが,周辺の生態系にどんな影響を与えるか,
昆虫マニアでもあるご自身の関心もあったのだろう.

たしかに,いまリニア新幹線のためのトンネル建設で,
静岡県とJR東海が合意に至らず,膠着しているけれど,
なるほどな,と思うところもある.

それで,さいきんはテレビデオ茶の間に顔を出されているようだけれど,
このテーマは,ちょっと気になった.話を聴いておこう…….


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【kotoba】 No.39

新連載
現代の優生思想
池田清彦(生物学者)

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いわゆる「劣等な遺伝的素質」の淘汰・改善を目的とした
応用遺伝学の一つ「優生学」。
忌まわしい過去もろとも封印されたはずの研究だが、
明らかに優生学的な傾向をもつ考え方が現在、
さまざまな領域で顕現しつつある。
その背景には何があるのか。生物学者の池田清彦が論じる。


 「優秀な人間の血統のみを次世代に継承し、劣った者たちの血筋は断絶させるか、もしくは有益な種に改良する。そうすれば優れた人間たちによる、高度な社会が実現できる」──こうした「優生学」の研究が、ナチスの優生政策に強い影響を与えたことは広く知られています。
 障害者の「断種」とユダヤ人の大量殺戮という人類史上最悪の災厄が契機となり、優生学は第二次世界大戦後の先進諸国においては研究対象としてのみならず、そうした主張を口にすることさえタブーとなりました。ただし優生学的な考え、いわゆる優生思想は、その後も国家施策などに小さくない影響を与えています。日本でいえば「ハンセン病患者隔離政策」が、その典型です。
 ハンセン病は一九五〇年代には治療の手段が開発されていたにもかかわらず、「らい予防法」が実に一九九六年まで廃止されることなく存続していました。らい予防法とは、名目としては「らい病(ハンセン病)の予防や医療および患者・公共の福祉増進を目的として定められた法律」ですが、実際は「らい患者差別法」です。


[写真]ナチスの月刊誌 Neues Volk の広告ボスター。「遺伝性の疾患をもつこの患者は、その生涯にわたって国に6万ライヒスマルクの負担をかけることになる。ドイツ市民よ、これも皆さんが払う金なのだ」ⓒAlamy/AFLO


[写真]香川県にある国立ハンセン病療養所「大島青松園」で、かつて使われていた解剖台。入所者は死亡後の解剖許諾書に署名させられていたという。ⓒ朝日新聞


 患者の隔離だけでなく不妊手術や堕胎までをも正当化していたのですが、それを法律で改めようとしなかった立法の不作為に対して、二〇〇一年に熊本地裁は患者本人に対し、総額一八億二〇〇〇万円の損害賠償を国に命じました。さらに二〇一九年六月二八日には、元患者の家族に対しても総額約三億八〇〇〇万円の賠償を命じています。翌月九日、安倍首相が国の責任を認めて控訴しないと表明したことにより、患者やその家族の長すぎた戦いに、一つの終止符が打たれました。
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 胎児の遺伝子を検査することで、ダウン症の可能性が高ければ中絶するといったことも可能になりました。断種といった間接的な方法ではなく、いまや出生前の個人を直接淘汰できるようになったのです。人間を遺伝子のレベルから改良し、社会にとって不要と判断されれば出生前に生命ごと遺伝子から断つ──科学の進歩がもたらす変化に倫理が追いつかない状況が、二一世紀の今、静かに広がってきているのです。


禁じられた「優生学」が復活しつつある

 現代優生思想のもう一つの潮流は、現実に生きて生活している人たちをもターゲットにしようというものです。その極みといえるのが、神奈川県相模原市の障害者施設で起こった四五人殺傷事件です。二〇一六年七月、かつてその施設で働いていた二六歳(当時)の青年が一九人の入所者を殺害し、職員を含む二六人に重軽傷を負わせるという事件が発生しました。
 事件の悲惨さもさることながら、さらに深刻なのが、この事件の被疑者が「重度障害者のために莫大な税金が支出されている」「安楽死を国が認めないので自分が行った」などと供述していることです。彼のように大量殺人というかたちで「障害者の殺戮」を正当化する人間は稀でしょう。しかし、重度障害者や終末期の高齢者への支出を削減するよう訴える経済合理性に基づく考えは、いまや各所で叫ばれるようになっています。
 社会にとって有益ではない人間は不要である──そうした考え方は、障害者や高齢者のみならず、失業者や生産性の低い労働者にも向けられつつあります。人工知能(AI)が近い将来、人間から労働を奪い人間の知性を超える「シンギュラリティ」が訪れるのかどうかという議論も流行りましたが、すでに機械が人間の労働を代替しつつあるなかで、失業者や単純労働者への風当たりはますます強くなってきました。
 現代の優生思想は優秀な遺伝子を増やし、劣悪な遺伝子を淘汰するという本来の優生学から離れて、生産性のない人間を直接淘汰するという、より過激な流れに向かっているように思われます。このような勢力の台頭について、真剣に考えるべきときがきているのかもしれません。


科学が「優れた人種」概念を作り出した

 近代における優生学の直接の祖を挙げるとすれば、ダーウィンの従弟にあたるフランシス・ゴルトン(一八二二~一九一一年)というイギリスの遺伝学者になるでしょう。ゴルトンは一八八三年に刊行した『人間の能力とその発達の研究』のなかで、ギリシア語で「良い」を意味する“eu”と、「種の」を意味する“genics”を組み合わせた“eugenics(優生学)”という言葉を初めて使った人物です。ちなみにダーウィンの『種の起原』刊行は一八五九年ですが、『人間の能力とその発達の研究』刊行時にもまだ「遺伝子」という概念は存在しませんでした。


[写真]近代優生学の祖フランシス・ゴルトン(右)と、ゴルトンの後継者カール・ピアソン(1857~1936年)。ⓒ◎etty Images


科学の進歩がもたらす変化に
倫理が追いつかない状況が、
21世紀の今、静かに広がってきている。


 しかし、ゴルトンは早い時期から、人間の能力と遺伝との相関を統計学的手法で明らかにしようと研究を重ね、二〇世紀に入ると「既存の法と感情の下における人種改良の可能性」といった論文を発表し、はっきりと優生学に踏み込んだ言論を行うようになりました。このようなゴルトンの研究により、「優秀な形質をもつ個体はその子も優秀で、劣った個体からは劣った子が生まれる」という、それまで根拠はないけれど広く社会で共有されていた俗説に、科学がお墨付きを与える時代が到来したのです。
 優生学はゴルトンのみならず、優れた遺伝学者や統計学者によって研究され、先端科学として一大潮流を形成しました。その優生学を、社会実験の枠すらも逸脱した大規模な実践に移したのはナチス・ドイツですが、実はナチスに先駆けて優生運動が大きく進展した国があります。それは、一九世紀末から二〇世紀初頭のアメリカです。
 アメリカで優生運動が盛り上がっていた当時の状況は、現在のドナルド・トランプ政権下のアメリカと非常によく似ていました。黒人やヒスパニックが安い賃金で働くことから、マジョリティであるアングロサクソンの仕事が奪われ、雇用状況や劣悪な待遇の改善を訴える労働争議が頻発していたのです。
 さらに、優生学研究が家畜や農産物の品種改良に多大な発展をもたらしたことも、「人間の改良」への追い風となりました。アメリカにおける優生運動の中心的役割を担ったのは、C・B・ダヴェンポートという遺伝学者でした。彼はカーネギー研究所が一九〇四年にコールド・スプリング・ハーバーに開設した「実験進化研究所」の初代ディレクターに就任すると、一九一〇年にこの研究所の付属施設として「優生学記録局」を設置しました。人類の遺伝に関する膨大なデータを収集したダヴェンポートは、一九一一年に出版した著書『優生学と関連した遺伝学』にこう記しています。


   「遺伝に関してわれわれが持つ知識の最近の大いなる進歩は、
  家畜や育種作物において国内の農業経営者たちに大きな変革を
  及ぼした。この新知識が人間社会の諸問題──反社会的階級、移
  民、人口、健康──に広範な影響をあたえることは容易に理解さ
  れよう」(溝口元「社会における遺伝学」〈中村禎里編『遺伝学の
  歩みと現代生物学』培風館、一五三~一五四ページ〉より引用)


 農業大国アメリカでの品種改良の成功体験は、「人間社会を改良しよう」とする風潮を大きく後押ししていきます。事実、二〇世紀初頭から多くの州で、てんかん患者や知的障害者の結婚を制限する法律や断種法が成立し、さらに他の人種に対するアングロサクソンの優位性を証明しようとする人種優越論の試みも数多くなされました。そうした思想の根拠とされたのが、一九世紀のヨーロッパ、特にイギリスで流行した「頭蓋(とうがい)計測学(骨相学)」です。
 当時のイギリス人は、アイルランド人やアフリカ系黒人を劣等人種と見下していました。彼らへの差別を正当化するものとして、頭蓋骨の形状で知能や犯罪性向などが測れるという頭蓋計測学を利用したのです。この研究はナチスもまた、のちにアーリア人と非アーリア人を区別するための根拠として使用しています。
 アメリカの場合はさらにIQテストによって、アングロサクソンの優越性の実証を試みました。IQテストを考案したのは、フランス・ソルボンヌ大学の心理学者アルフレッド・ビネーです。一九〇五年にフランスで開発されたIQテストを英語に翻訳し、アメリカへの移民が最初に滞在するエリス島で実施したところ、「新移民ほど成績が悪い」という結果が出ました。ただし、これは「出題傾向がアメリカ文化になじみのある人に有利だったので、移民ほど成績が悪かった」のだと現在では考えられています。結局のところ、都合のよいデータだけを集めて反証となるデータを切り捨てさえすれば、どのように荒唐無稽な人種優越説も「立証」できてしまうということです。


遺伝子が犯罪者を生む?

 遺伝子や染色体の研究が進んだことで、科学を信奉する人々の誤った考えによる新たな劣等人間説が浮上したこともありました。いわゆる「XYY論争」です。これは、「ヒトは二二対の常染色体と一対の性染色体をもっているが、性染色体の一つであるY染色体を一本余分にもつ男性は、攻撃的で反社会的な行動を取りやすい」という仮説をめぐる論争です。
 染色体の研究は一九世紀末から行われてきましたが、二〇世紀半ばになると研究法が確立し、染色体異常と疾病との相関が明らかになってきました。そのなかでも特に有名なのが、アメリカのハリー・クラインフェルターらが一九四二年に報告した「クラインフェルター症候群」です。
 クラインフェルターらは「核型がXXY型」、つまり通常の男性よりもX染色体が一本多い人は、無精子症や乳房肥大、精神薄弱などの症状が現れやすいという説を唱えました。さらに一九五九年には、フランスの小児科医ジェローム・ルジューヌらが、ダウン症の患者の体細胞の染色体を調べたところ、最も小さな常染色体である21番染色体が一本過剰になっているのを発見するなど、先天性異常疾患について染色体を調べる研究が活発化していきます。
 そうしたなか、一九六五年になると、XYY型性染色体異常と犯罪者の関連に言及する調査結果が発表されるようになってきました。すると、「XYY型男性は反社会的な行動を取りやすい」というイメージが、徐々に一般社会へと広がっていきます。
 こうしたイメージを決定的にしたのが、一九六六年七月にイリノイ州シカゴで起こった看護学生殺害事件です。犯人のリチャード・スペックは看護学生寮に侵入して強盗を働いたうえ、女性八人を殺害しました。一万ドルの賞金がかけられるほど全米から注目された犯人の染色体を逮捕後に調べたところ、その核型がXYY型と判定されたのです。その後の調査で、通常のXY型であったことがわかったものの、染色体異常がもたらす先天的な「欠陥」のイメージを、社会に根強く残してしまいました。
 一九七〇年代に入り染色体研究のデータが蓄積され始めると、統計的手法によりXYY型男性のイメージが修正されるようになっていきます。「確かに拘禁を要する施設や病院に収容された男性にXYY型の頻度は高いが、通常の精神病院や非行少年の施設に特にXYY型男性は多くなかった」「染色体異常と判明した人でもほとんどは通常の社会生活を送っており、逆に知能が高く指導的な地位につき、精力的に活躍している人も存在する」と、以前のXYY型男性のイメージはかなりの部分が偏見にすぎないことが明らかになったのです。
 さらに近年になって、ゲノム(遺伝情報の総体)の研究が進むと、人間のDNAは九九・九%まで共通で、個性は残り○・一%の違いによるものだということがわかってきました。つまり、人間の能力は人種間の差よりも個体差のほうがはるかに大きく、ナチスが目指した「純粋なアーリア人種」という思想は何の意味もない概念であることがはっきりとわかったのです。
 もちろんダウン症やクラインフェルター症候群など、染色体異常が原因とされる先天的疾患は存在します。だから、出生前診断の結果を受けて「胎児が障害をもつ可能性がある」という理由から、あらかじめ個体の生命を絶とうとする「消極的な優生学」の試みがなくなることは今後もないでしょう。そうしたことの倫理をめぐる議論はたいへん重要ですが、それよりも現在私が懸念しているのは、ゲノム編集により「優れた」個体を作ろうとする「積極的な優生学」の広がりです。


能力が「編集」されるとき

 二〇一九年に発表された論文で、短い睡眠でも健康を害さず精力的に活動できる「ショートスリーパー」の人たちに特有の遺伝子が見つかったという、興味深い研究があります。一〇年ほど前から、「DEC2」という遺伝子に突然変異のある人は四~六時間の睡眠で事足りてしまうことがわかっていました。その研究をしていたグループが三世代にわたってショートスリーパーが生まれている家庭を調べたところ、「β-1アドレナリン受容体遺伝子(ADRB1)」という遺伝子の塩基に突然変異が生じたかどうかで、ショートスリーパーとそうでない人が分かれていたのです。さらに、この突然変異は、およそ一〇万人に四人の割合で発生するということもわかりました。


「ア-リア人の血統」を
ふぃ様専用
障害者や遺伝疾患の人たちを、
ナチスは根絶やしにしようとした。


[写真]「レーベンスボルン」で生まれた赤ん坊たち。ⓒGetty Images


 ショートスリーパーになりたいかどうかはともかく、多くの人が望むような資質が、こうした遺伝子の差異によってもたらされるとわかった場合、そのような遺伝子をもつ人との結婚、あるいは人工授精が盛んになってしまうかもしれません。テクノロジーによって受精卵の段階から、ゲノムを編集しようとする人たちも現れるでしょう。しかし、生物の形質は遺伝子の相互作用や細胞同士の干渉、あるいは後天的な環境要因など、さまざまな影響によって発現の仕方が変わってくるので、どのような結果が現れるのかは誰にもわかりません。複雑な要素の多い遺伝情報を操作した結果起こる「失敗」の責任を誰が取るのかという問題を避けて通ることはできないし、もちろん「何をもって失敗とするのか」も、誰にも決めることなどできないはずです。
 さらに不安を覚えるのは、不景気と少子高齢化が進むなかで、すでに生活している人間に対して「必要」「不要」と線引きをしようとする人たちが増えていることです。よく知られているように、アドルフ・ヒトラーが率いたナチスは、ドイツ民族は「アーリア人」という地上で最も生物学的に優位な人種であると信じ、その増加と保護を推し進めようとしました。その典型ともいえる初期の政策が、「レーベンスボルン(Lebensborn:生命の泉)」という女性福祉施設の設立でした。
 ナチスが行った優生政策としては、彼らが劣等と見なしたユダヤ民族を根絶やしにすることを目的としたユダヤ人収容所が有名ですが、それとは反対にレーベンスボルンでは、未婚のアーリア人女性を収容し、親衛隊男性らとの婚姻と性交渉を促進し、子どもを育てるといったことが行われていました。つまり初期のナチスが推し進めていたのは、積極的優生政策だったわけです。
 ところが、その後のナチスはむしろ消極的優生政策に傾倒していきます。その象徴的な事例が、一九三九年に開始された「T4作戦」です。「T4」という名称は、ベルリンにあった「安楽死管理局」の所在地が「ティーアガルテン通り4番地」だったことに由来しています。T4作戦では、ドイツ国内の精神医療施設などにいた精神病者や遺伝病者の他、同性愛者など約七万人を「処分場」と呼ばれる施設のガス室などで殺害するとともに、働くことのできない数千人の囚人たちも強制収容所で殺害しました。「アーリア人の血統」を汚す原因になると考えた障害者や遺伝疾患の人たちを、ナチスは根絶やしにしようとしたわけです。このT4作戦は一九三九年一〇月から始まり、一九四一年八月に中止されたのですが、ナチスによる安楽死政策はその後も継続され、実に二〇万人以上の人々が、医師や看護師の手によって命を奪われたと見積もられています。


優生思想の帰結

 こうした優生政策が行われる以前から、ナチスは国民に対して障害者や治癒が見込めない病人への憎悪を掻き立てるプロパガンダを行っていました。
 ナチス・ドイツが「健康な純粋アーリア人」と対置した「社会的逸脱者」は、病人や障害者、同性愛者だけではありません。政府に反対する反体制派も含まれ、さらに社会的混乱をもたらす存在として、ユダヤ人やロマ(当時はジプシー)、共産主義者、聖職者たちも弾圧の対象となっていき、ついにはホロコーストが行われるに至ったのです。
 翻って、現在の日本の状況はどうでしょうか。障害者施設で働いていた青年が入所者たちを殺した理由は、彼の目には障害者たちが「役に立たない人間」と映ったからでした。「役に立つ人間」と「役に立たない人間」という線引きは、社会が縮小していく時代においては、多くの人の心を捉えてしまうようです。
 よりマイルドな優生思想は、「役に立つ人間」でい続けるための自己投資を煽るような言説にも見受けられます。五年ほど前、グローバル人材を育てる「G(グローバル)型大学」と、職業訓練校的な教育を施す「L(ローカル)型大学」とに大学を分けてはどうかという議論がなされました。
 一部の優秀な「G型学生」を除く「L型学生」に教養は必要ないので、大部分の大学では観光客を案内するための英会話の訓練や会計ソフトの使い方、自動車工場で使われている機械の操作法などを教える職業訓練校にすればよいという発言が文科省の有識者会議でなされ、物議を醸したのです。その後の大学行政を見ていると、予算の付け方や新しい入試制度などすべてが「役に立つ」学生の生産を大学に求めるものになっていて、G型L型論が一部の極論ではなかったことを如実に示しています。
 改めてナチスの例を引くまでもなく、「役に立つ」「役に立たない」の線引きは、その時代の状況によって極めて恣意的に、そして差別的になされてきました。今「役に立たない人間」の排斥を叫んでいる人でさえ、いずれ「役に立たない側の人間」として切り捨てられてしまうかもしれません。現代の優生思想は、いつ誰に向かってくるかわからない刃となって、社会全体を脅かしているのです。

構成・文=柳瀬 徹


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